ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』

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風邪で仕事を休んだ。

意外と動けそうだし時間もあったので、どうしようかと考えた。

温泉とかスーパー銭湯で時間を潰そうかと思ったけれども、風邪に温泉ってあまりよくなさそうだし、人にうつしても申し訳ない。

平日昼間の映画館ならそう人はいないだろうと思って、

ちょうどただ券もあったことだし、映画を観ることにした。

ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』

を鑑賞。

岡本太郎(1911-1996)は1959年と1966年の2度沖縄に旅をしたのだそうで、そのときの体験や、沖縄の様子を描いたドキュメンタリーだった。

「沖縄とは、私にとって一つの恋のようなものだった」

と岡本太郎は言ったそうだけれど、沖縄を旅したのは10日ほどだったらしい。

それでも、相当共鳴するところがあったらしく、

彼の撮影した写真は、沖縄の人たちの生身の姿を深く切り取っているようにも見える。

万博の少し後に生まれた世代なので、

岡本太郎という人がどんなアーティストだったのか、

正直なところよくわからないのだけれど、

芸術家は、科学者よりももっと長い時を見据えたヴィジョンを提示することができる存在だという主張(冒頭のナレーションでそんなことが語られていたような記憶がある)は、同意できると感じる。

芸術家のもつそうしたヴィジョンは、かつてはシャーマンが担っていたものなのだろう。

だからこそ、岡本太郎が久高島を訪れたとき、島のシャーマン(巫女)だった久高ノロは、彼を受け入れたのではないか、という気がしてくる。

作品でも度々出てくる久高ノロのアップの写真は、

確かにとても気品と迫力のあるものでした。

久高島には、20年くらい前に沖縄であった箱庭療法学会の後に訪れた。

そのときに、散歩がてら一人で島内を散歩した。

「御嶽には男は入ったらいけない。男が入ると子供に恵まれなくなる」

と注意されていたので、そういう神聖な場所は避けておこうと思って、

居心地よさそうな空き地にしばらく腰かけてぼんやりしてから宿に帰ったら、

まさにそこが御嶽だったと後から聞いたという思い出がある。

そこで座っていたら、木陰に猿みたいな生き物がさっと走っていったということがあって、宿に帰ってから同じく箱庭療法学会帰りの先生たちにその話をしたところ、「この島に猿なんていないから、それはきっと違うものを見たに違いない」と言われた。

ユング派の、アクティブイマジネーションを研究している先生が、「きっと何か違うものを見たのだろう。探求すればユタになれるぞ」と言ってくれたのだけれど、「え、いや、あの、ユタにはなりたくないんです」と答えてしまった。

後でユング(かユング派)のアクティブイマジネーションについての本を読んだときに、同じように「猿みたいな何かが視界をさっと横切る」という体験から、能動的創造に入っていった事例を読んだことがあった(うろ覚えなので、ちょっと違うかもしれない)。

その後何年か独学で、アクティブイマジネーションを試みていたことがあるけれども、例の「久高島の猿」は度々イメージに現れて、ときに僕を皮肉ったり、導いてくれたりした。

なんてことを思い出した映画でした。

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