上手な性格表現を正岡子規に学ぶ

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心理テストの所見(レポート)を書いているときに、パーソナリティというか、人柄の描写で迷うことがある。

人物描写に関しては作家や芸術家が優れているので、いい表現を見つけたらメモしておくことにしている。

正岡子規の『仰臥漫録』という日記から、子規が妹の律について言い表した文章を紹介したい。病床にある正岡子規が、日々の食べたものや俳句、短歌などを書き付けたノートである。
仰臥漫録 (角川ソフィア文庫)

 

手元にあるのは岩波文庫のものだが、表紙がいいので角川ソフィア文庫のものを上に紹介する。

『坂の上の雲』の配役に従って、正岡子規は香川照之で、律は菅野美穂でイメージしたいところ。

律は理屈づめの女なり 同感同情のなき木石の如き女也 義務的に病人を介抱することはすれども同情的に病人を慰むることなし 病人の命ずることには何にてもすれども婉曲に諷したることなどは少しも分からず 例へば「団子が食ひたいな」と病人は連呼すれども彼はそれを聞きながら何とも感ぜぬなり 病人が食ひたいといへばもし同情のある者なら直ちに買ふて来て食はしむべし 律に限つてそんなことはかつてなし 故にもし食ひたいと思ふときは「団子買ふて来い」と直接に命令せざるべからす 直接に命令すれば彼は決してこの命令に違背することなかるべし その理屈つぽいこと言語道断なり 彼の同情なきは誰に対しても同じことなれどもただカナリヤに対してのみは真の同情あるが如し 彼はカナリヤの籠の前にならば一時間にても二時間にてもただ何もせずに眺めて居るなり しかし病人のそばには少しにても永く留まるを厭ふなり 時々同情といふことを説いて聞かすれども同情のない者に同情の分かるはずもなければ何の約にも立たず 不愉快なれどもあきらめるより他に致方もなきことなり

「理屈づめ」で「同情のなき木石」のような人柄で、婉曲な表現は伝わらない。カナリヤには興味関心が強く、何時間でも没頭している。こう書かれると、なんとなく特定のパーソナリティ像が浮かんでくる。

翌日の九月二一日には、子規は朝食に「ぬく飯三わん 佃煮 梅干し 牛乳一合ココア入 菓子パン 塩せんべい」を食べている。けっこうな食欲だ。

昼は「まぐろのさしみ 粥二わん なら漬 胡桃煮付 大根もみ 梨一つ」

おやつに「餅菓子一、二個 菓子パン 塩せんべい 渋茶」

夜ご飯には「きすの魚田二尾 ふきなます二椀 なら漬 さしみの残り 粥三椀 梨一つ 葡萄一房」

子規は、妹の律のことを「義務的に病人を介抱する」と評しているが、これだけの食事を用意しているのだから、単に義務だけとも思われない。

同じ日には律についてこうも書かれている。

律は強情なり 人間に向かつて冷淡なり 特に男に向かつてshyなり 彼は到底配偶者として世に立つ能はざるなり しかもその事が原因となりて彼は終に兄の看病人となりをはれり もし余が病後彼なかりせば余は今頃如何にしてあるべきか

この後は律がいかに献身的に子規の看病をしているかが描写される。

いくつかの俳句も記されている。

糸瓜さへ仏になるぞ後るるな

という句には、子規が病床の中で死を意識していることが表れている。

彼は癇癪持なり 強情なり 気が利かぬなり 人に物問ふことがきらひなり 指先の仕事は極めて不器用なり 一度きまつた事を改良することが出来ぬなり 彼の欠点は枚挙に遑あらず 余は時として彼を殺さんと思ふほどに腹立つことあり されどその実彼が精神的不具者であるだけ一層彼を可愛く思ふ情に堪へず 他日もし彼が独りで世に立たねばならぬときに彼の欠点が如何に彼を苦むるかを思ふために余はなるべく彼の癇癪性を改めさせんと常に心がけつつあり 彼は世を失ひしときに果たして世の訓戒を思ひ出すや否や

現代社会に生きていたとしたら、律はアスペルガーなどの発達障害だと診断されたかもしれない。そんな生きにくさを持った妹のことを、子規は口悪く、そして愛情深く描いている。

 

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